『愛媛実践塾・第]T期生・第3回目の宿題レポート』         2008年7月19日 登録

テーマ 「課題の設定 実態調査

組織を生き生きさせる実際的方法
『課題の設定』『実態調査』を読んでの感想

潟~ロクテクノウッド
生産管理室課長
掛水誠

「組織を生き生きさせる実際方法・課題の設定」を読んで、まず感じたとこは、私の職場でも同じようにまだまだ山積みになった問題点が全く見えていないと感じたことでした。毎日、次から次へと出てくるペーパーワークに追い立てられ、それを淡々と毎日こなし、業務内容が単調なものへとなっているようにも感じました。そこで、この状態を脱却するために、できる限り現場に足しげく通うようにしております。現場作業員とコミュニケーションをとり、現地現物で現実に起こっている問題点を浮き彫りにし、それを克服するための課題を話し合い、情報を共有化することで、チームワークが良くなってきたような気がしております。さらにそのチームワークと作業員のやる気を加速・倍増させるために、会社が昨年末より「創意くふう提案」という報奨金制度を導入してくれました。これによって、現場作業員の改善に対する士気が高まったように感じております。作業員と話をして決めた課題をクリアーしたときの喜びを私も味わえるようになりました。
文中には「人離れせよ」ともありましたが、それができていないことも現実に私の職場にはいくつもありました。先回の宿題にも書きましたが、「今までの自分からの脱却。自分の革新。新しい自分へ。まずは自分から。」を実行し、周囲も変えていきたいと思います。最後に、「調べるところから始まる」とありましたが、何事もそうなのかもしれません。時間がかかるかもしれませんが、とりあえずは自分のグループ内を改善し、何事も自発的にやって行こうと思います。

掛水誠さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第1番目の到着でした。
ありがとうございました。

掛水さんがこのレポートで語っているように、
「職場の問題が全く見えていない状態」と云うのが、
普段の職場の感覚だと思います。
職場の問題が全く見えていない訳ですから、
そこで起こった問題の対策をいくら立ててみても、
所詮絵に描いた餅でしかないのでしょうね。
この状態を断ち切るためには、
「現場で現物をじっと見てみる」しか方法はありますまい。
そうすれば職場の仲間と話が通じるようになるはずであるし、
そこで話し合って決めた「課題」をクリアーしたときの、
あの「喜び」を味わえるようになったと掛水さんは語っています。
またそんな機会をタイムリーに捉えて会社側が、
「創意工夫提案」という報奨金制度を導入したことも、
現場の仲間たちの改善に対する士気が、
高まるキッカケになったことでしょう。
掛水さんが「今までの自分からの脱却・自分の革新」
「新しい自分へ・まずは自分から」
という意気込みが嘘偽りではなく「力強さ」を感じます。
「チーム・マネジメント」で職場を生き生きさせる行動に、
皆を巻き込み大きな渦を巻き起こして頑張って参りましょう。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

組織を生き生きさせる実際的方法
『課題の設定』『実態調査』を読んでの感想

2008年3月28日
セイレイ工業梶@林 有

 本書に「忙しい忙しいと言っている職場は、一口にいって、業務の役割分担と業務改善が出来ていないのである。」
と述べられているが、まさに自分の職場にもあてはまると感じました。「忙しいから改善に取り組む暇がない」と 言い訳をしている事もあり、今考えると本当に恥ずかしい事をしていました。忙しいからこそいろんな問題点が あるわけで、反対に時間が空いてくるとおそらく改善の意識も薄れてくるものと思います。実際、自分自身もそ ういった経験がありました。忙しい時こそ改善をするチャンスであり人を成長させる為のスタート地点だと思います。それをスタートさせるのは管理監督者の使命としてこれから取り組んで行きたいと思っています。
問題を課題として取り上げる際には「感情移入して問題を見ていたのでは事の本質が見えてこない」とあります。業務がマンネリ化してくるほどその傾向も強くるのではないかと思います。また、そうなると実態調査もままならないうちに個人の経験や先入観頼りの頭の中での改善策になる事が多くなると思いました。実際自分の業務にもあてはまる点が多々ありました。「問題解決の王道はまず調べるところから始まる」とあります。当然の事ではありますがそのプロセスが非常に重要となり、経験や頭で調べるのではなく五感を駆使した実態調査が重要だと再認識した次第です。また実態調査で得た事実は記憶ではなく、記録としてとどめる事が重要とあります。記憶として残されたデータは都合のいいように改竄される・・・人間という生き物はずるがしこくその時々に応じて自分のいいようにしてしまう生き物ですね。しかしそれは個人の言い訳や責任転嫁の方策にしかならず、組織・チームとして成長の妨げになるように感じました。「記録として残す」・・・そうする事により組織やチームの財産になり、以後の業務にも非常に役立つ事と思います。
弊社では、丁度年度変わりの時期になっており、これから正式に部門方針が出てくる事なります。その方針を基にグループ方針が立てられ自分のすべき事がはっきりしてくると思いますが、各スタッフも色々な問題を抱えていると思います。監督職についている以上、各スタッフの問題を認識し、スタッフに問題意識を持って改善に取り組む意識を持たすことを自分の課題としてがんばりたいと思っています。
愛媛実践塾に通いはじめてチームマネジメントの大切さ、すばらしさが自分自身わかってきました。
それをスタッフ全員で共感できる職場造りを目指します。

林有さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第2番目の到着でした。
ありがとうございました。

林有さんのレポートの書き出しは、
「忙しい職場は業務の役割分担と業務改善が出来ていない」です。
まさにその通りですね。
「人は忙しい時にこそ本が読める」のです。
暇になったら本なんかに関心は持たなくなってしまうのでしょう。

また「問題を感情移入して見ていては問題の本質を見失う」とも云っています。
昨今の「冷凍ギョウザ事件」がまさにそれです。
「日本と中国のどちらが悪いか」という観点から問題を議論しているようでは、
この「冷凍ギョウザ問題は迷宮入り間違いなし」でありましょう。
林有さんは「問題がマンネリ化してくるほど感情移入しやすくなる」と、
大変穿った見方をしています。
まさにその通りなのです。
そしてまた「問題解決の王道は調べるところにあり」とも指摘している。
そして調べたことを「記憶」に留めるのではなく、
「記録」する必要性をキチンととらえている。
『記憶は嘘をつく』という本が有るくらいですから、
この辺のことは実は問題解決の「秘訣中の秘訣部分」なのです。
よくもまあ大胆にそして繊細に読み取ったものです。
次回は「手順の計画」を研修しますので、
自分の業務の中で「手順化」の必要な課題を持ってきて下さい。
どうぞよろしくお願いいたします。

ではでは。  (by 坂部正登)

 

組織を生き生きさせる実践方法
『課題の設定』『実態調査』への考察

                  太陽工業(梶j  中田 茂利

 職場において、忙しい忙しいという言葉を良く耳にするが、実態は忙しいという言葉がマンネリ化してしまっている様な気がする。
忙しいという言葉は、現実からの逃避、自分への納得感、人への訴え、自己防衛などに使われがちで、忙しいと言えば、人との会話、欲求を阻止できるため、便利な言い訳の言葉として多くの人が使っているし、受け止める側も拒絶されたと思い、その時点であきらめてしまう場合が多い。
この言葉は、実践部隊で活躍している部下からでる事が多く、私も管理職になるまでは良く使わせてもらった。今思えば、便利な言葉でありながら、非常に危険な言葉だと再認識している自分がある。
管理職がこの言葉を部下に発すると、部下とのコミュニケーションから人間関係、組織の長としての責務を回避することになり、組織は壊滅していく。
部下から発せられた『忙しい』という言葉、問題に対して敏感に反応し、その状況を既成概念にとらわれることなく“事実をありのまま”に直視し、問題を『課題』に昇格させ、スタッフを巻き込んだ話し合いにより、上司からの押し付けではなく、部下自身が自分に課せられた課題であるという意識改革の向上により“俺がやらねば誰がやる”“私に任せてください。私の責任のもと必ず解決させて見せます”と言わせる部下への人材育成と組織活性化にチャレンジしていく。
私自身は『チーム・マネジメント』を念頭において『組織の目的』『管理目標』『方針』から『課題の設定』が的外れしないよう、事実の中に潜む“問題発見の方向性”をつかめる努力と共に、実態を数量的に調べ、問題の本質を明らかにして根本からの問題解決に努めていく。ただ多角的なデータ群の収集、事実の記録、根本的問題の抽出については今回の実践塾で悪戦苦闘の体験をしているため、自分の手法にするまでにはかなりの時間がかかるな〜、が実のところ本音ではある。

 人の集団が組織を創り、組織は人からなる。よって組織における多くの問題は人が起こしていると言っても過言ではない。だから問題が発生した時は、誰がやったんや、何で起こったんや、お前どうすんねん、とまず人を攻め立て、上辺だけの原因と対策であったとしても、上司が期待する綺麗な言葉で回答すれば、納得している上司が数多く見られる。このような安易な管理下では、問題を起こしても真の原因を究明出来ず、問題からの楽な回避技術だけが身に付き、要領の良い組織人の集団と化してしまう。
『人ばなれせよ』“感情移入したものの見方”からは、問題の“真の究明”は出来ない。
真の問題究明が出来なければ、当然の如く問題の解決は出来ない。
この『人ばなれせよ』という警句は、私の教科書にはなかったので、今後は“人ばなれするための努力”を欠かさず、リーダーとしての成長と共に、人とチームを育成していく。

課題達成研究法資料

中田茂利さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第3番目の到着でした。
ありがとうございました。

今回の宿題の小冊子の中で、
「忙しい」というところに視点を置いた、
今回の「中田レポート」は蓋し圧巻である。
僕が38年間に渡ってコンサルタントを継続している会社では、
その初期の頃にひょんなことから「禁句集」というものが編み出され、
その「第一箇条」に「忙しい」が載った。
これは大変な効果を生むキッカケとなったのである。
「忙しい」という言葉を分解すると、
「りっしんべんの「小」は「心」という字であり、
「亡」は「失う」という文字である。
したがって「忙しい忙しい」と云っていると、
本当に忙しいという状況よりも、
「僕はその問題に心がありません」と云っていることになる。
「その問題に関心がない」と宣言している訳であって、
その「忙しい」を鵜呑みにするような安易な管理をしている上司は、
(中田さんの言葉を借りると)部下に対して、
「真の原因を究明させようともせず」
「問題からの楽な回遊技術だけを身に付けさせ」
「要領のよい組織人の集団を育てているだけ」
という見事なノー・マネジメントな管理者ということとなる。

これを打ち破る方法は中田茂利さんも仰っているように、
ただ一つしかない。
問題を「事実ありのまま」に直視する部下を育てること。

そして「問題」を「課題」に昇格させ、
部下を巻き込んだ柔らかい雰囲気の話し合いによって、
部下自身が「自分に課せられた課題である」と認識させ、
「俺がやらねば誰がやる」
「私に任せて下さい」
「私の責任のもとで必ず解決させてみせます」
と云わせる部下への人材育成と組織化が「上司の課題」
なのでありましょう。
そのように仰る中田茂利さんの「マネジメントの輝き」が、
一段と光りを増してきたように感じられますね。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

組織を生き生きさせる実際的方法『課題の設定』と『実態調査』を読んで

愛媛実践塾XT期
太陽工業
永田 雅一

『課題の設定』
 「看護の場は問題山積である」と冒頭にあった。確かに、看護士が不足している問題など、ここ最近マスメディアでも度々取り上げられている話題でもあり、また、息子が入院したときの看護婦さん達の働き具合など、自分自身の乏しい経験からの判断ではあるが、「実際そんなんだろうなあ」と思う。
 しかし、「看護の場」を「職場」と変えれば、勤務時間などの条件の差はあれど、普通の企業にも当てはまることである。五十歩百歩の差と言えば誤解を生みそうではあるが、世間でよく言われている「問題の無い職場などありえない」とは、けだし名言である。
 つまり、誰もが問題の山の中で働いていると言えるだが、問題の問題は、その問題自体が見えないこと、或いは、問題が見えていてもどこから手をつけていいのか分からないことであり、最悪なのが、問題を見ようとしないことである。
 前回の感想文にも書いたが、通常のルーチンワークと呼ばれる仕事は結構な量を占めているのが普通であり、その部署の人員数等がそうしたルーチンワークの量から決められる場合も多いように思う。従って、その中に埋没していると、それはそれで結構忙しく過ごせ、結構仕事をしている気分にもさせてくれるので、その分、問題を見ようとしなくなるのであり、当然、問題解決には至らないのである。
 しかし、品質管理の分野においても名言がある。「改善(問題解決)とは、自分たちが楽をするために行う活動である」というものである。生みの苦しみはあっても、最終的に楽をするためだから改善しましょう、と言い換えられるが、実践塾の研修自体がこの方向を目指していると信じている。“話し合いだけでは問題は解決しない”、“課題は自分で自分に課すもの”、“原因究明には犯人探しや感情移入するな”等の助言は、それ自体は決して新しい発見ではないが、ともすれば忘れがちになることも多いので、これらの助言を再認識して、もう一度、今把握している“問題”や“事実”が本物なのか、考え直してみたい。

『実態調査』
 『事実はデータにした時点で一方向のみの"事実”にすり替わってしまう』、という話は、非常に興味深かった。また、『「定性的データ」と「定量的データ」が一体化し一致したとき初めて「問題」は全貌を現してくるのであり、「真実の問題点」が見えてくる』という件も、これまでの研修でおぼろげながらに見えてきたことでもあり、得心できた。
なぜなら、定量化されたデータ=数値は嘘をつかないと言われているが、その数値自体を表現することに特定の意思が働くと、つまり、間違った定性的データがそこに付け加わると言っていいのだろうが、その数値データと同時に対比する形で出てこなければならないはずの別の数値データが意図的に隠されたりして、たちまち人をだますための道具になりかねないからである。このことは、以前に何かの本で読んだことがあり、気をつけなければならない問題であると自分の中に意識付けはされてはいたが、ここで改めて問題提起されたことで、認識具合をよりレベルアップさせたいと思った。
一方で、定性的データである『言葉』は、修飾語が多くなればなるほど感情移入されていくことになり事実が分かりにくくなっていくし、逆に、長い文章を要約すればするほど実は作業する人の感情が入りやすくなっていくという欠点はあるが、問題がありそうなのか否かは、実はこの定性的データの部類、つまり直観力が実は重要なのだろう。数値だけでは把握しきれない現実もあると思うので、これら「言葉」と「数値」の両輪が揃わないと、問題の本質はつかめないだろうし、解決に向けた作業には取り掛かれないのだろうと思う。
 更に、報告や連絡を受ける側になると、この定性的データの内容をどう吟味するかが重要になり、その上で数値データを取らせるという指示につながっていくので、そのあたりも強く肝に銘じておこう。

永田雅一さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第4番目の到着でした。
ありがとうございました。

「問題の無い職場などありえない」
だから誰もが問題の山の中で働いていると云えるのだが、
問題の問題は、
@「その問題自体が見えないこと」
A「問題が見えていてもどこから手を付けていいのか分からないこと」
B「最悪なのは問題を見ようとしないこと」
永田雅一さんは普段の組織上の普遍的な問題を、
的確に見事に突いている。
@からAAからBへと問題が深まっていくにしたがって、
組織は活性化を失いマンネリ化していくプロセスが語られている。

普通の職場はルーチンワークの仕事量が相当あって、
そのルーチンワークの量から部署の人員配置が決められている。
なるほどその通りであろう。
そして永田雅一さんはこうも語っている。
「ルーチンワークの仕事の中に埋没していると、
それはそれで結構忙しく過ごせ、
結構仕事をしている気分にさせて呉れるので、
その分更に問題を見ようとしなくなる」と。
成る程なるほどである。

だから世の中では「プロジェクト・チーム」というものを創って、
「問題発見の必要な特別の仕事」を与えているのであろう。
ということは、
「ルーチンワークが問題を見ようとしない人を作っている」ということになる。
ここを何とかしたいのが「実践塾の神髄」なのである。
「ルーチンワークを創造的になさしめるには」ということか。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

組織を生き生きさせる実際的方法「課題の設定」「実態調査」を読んで

平成20年3月30日
県立中央病院 井上文江

 医療現場において、看護職種が医療チームの中で〃何でも屋〃的な立場であることは当院も同様である。看護職は〃自分達で何とかしなくては〃との思いが強く、あらゆる仕事を一気に引き受け業務が煩雑化しているのかもしれない。また、〃病院を荷っているのは私達看護職だ〃と酔いしれているのかもしれない。しかし、この看護業務の多忙化が看護職の離職に繋がっているとも言える。一生懸命業務を行っても次から次へと業務が増え煩雑化している上に、患者・家族の権利意識が高く、少しでも対応が悪いとクレームとなって返ってくる。
この悪循環を断ち切るために何もして来なかった訳ではない、業務調査を定期的に行っている。しかし、分析・問題点の根幹をはっきりさせることが十分でなかったり、忙しい職場の業務改善に役立つ具体的な方法を知らなかっただけではないだろうか。また、毎日、髪を振り乱しながら一生懸命業務をこなしているスタッフを見ていると、問題解決のために巻き込むことが可哀相・・・と考える事も悪循環の一要因かもしれない。〃人が育たない、育っていない〃と話すことがあるが、育てていないから育たないのである。忙しい日常の看護の現場の中で〃問題点〃を感じながら働いてはいるが、忙しさにまぎれて話し合う場も持てなく、問題意識が薄れていることも事実である。問題を問題と感じ「自分が解決すべく課せられた問題」と主体的にスタッフが取り組むための関わり方、もって行き方を身につけることが今後の自分の課題である。
〃課題の設定〃は〃人離れせよ〃この言葉は、リスクマネージャーである私には、ズシンとくる言葉である。「人は過ちをおかすもの」「人はエラーをおかすもの」と頭では理解し、人離れするように自分で自分に言い聞かせてはいるが、なかなか人離れできないでいる。〃人離れせよ。人離れせよ。〃と呪文の如く言いながら〃誰が事故をおこしたのか〃ではなく〃何が事故を招いたのか〃とインシデントレポートを読んでいるが、看護師の経験年数、部署の経験年数等から「なぜ?」と思ったりすることもある。なかなかひと離れできない現状である。
リスクマネージャーとして〃事実〃を確認するために病棟訪問をするが、当事者からの事実確認は3交代勤務を行っていると難しく、看護長からの事実確認となることが多い。〃他人からの又聞きはデータの真実みが薄れてしまう〃まさにその通りである。また、当事者に確認することができても、もって行き方により相手が身構えてしまうことがあり
〃事実〃を把握することは困難な状況である。リスクマネージャーの訪問は「招かざる客」との態度が感じられるが、〃事実〃を把握するためには、とにかく各部署を訪問することしかない。また、文中にあるように単発的で、短期間の調査「実態調査」を行う必要がある。実態を数量的に調べ、グラフ化して「なるほど」と思ってもらうことにより、問題解決へと導くことができればと考える。

井上文江さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第5番目の到着でした。
ありがとうございました。

組織上の「問題」の解決は一人でおこなうものではない。
如何に大勢の関係者を巻き込むかが「問題解決の鍵」である。
だから病棟運営を任されている看護長さんならば、
全スタッフを如何に巻き込むかが管理者としてのその力量であろう。
それなのに井上文江さんの云うように現実は、
「忙しさに紛れて話し合う場すら持てない」
だから「問題意識が薄れていく事もまた事実」とある。
ではどうしたら良いのか。
「スタッフの一人ひとりが問題を問題と感じ」
「自分が解決すべく課せられた問題ととらえさせ」、
「主体的にスタッフが取り組むための関わり方、
持って行き方を身に付ける事が今後の自分の課題である」と。
それならば井上さんの問題解決の「視点」は「人離れ」が肝心。
そのためには井上さんの関心事を「人」から「方法」へと移すのである。
次回の湯ノ浦ではちょうど良いタイミングに、
「ネットワーク法」という「手順の計画技法」を研修します。
「医療ミス問題」の大半は「看護手順の不統一」が原因である。
井上さんが考えるに「各現場で一番乱れていると思われる看護手順」を、
頭に描きながら湯ノ浦へお越し下さい。
また一番乱れている職場の「看護手順」をご持参下され。
「インシデント問題」の一つの手がかりを見付けようではありませんか。

 

組織を生き生きさせる実際方法「課題の設定」「実態調査」を読んで

平成20年3月31日
愛媛県立中央病院 家田真由美

 この本を読んで、一人で問題を抱え込んでいては問題は解決しない。問題を課題に昇格させ、順番をつけ取り組むべき順番を決めて、その問題解決に仲間を巻き込み、また力量に応じて他の人へも課題を割り振ることも時に必要である。この文章を読んでその通りだと思った。転勤し今の病棟に勤務交替になって2年間、私がやってきたことを振り返って見ると、問題だとわかっていても、集中治療室という緊急度の高い部署でスタッフに重症な患者を看てもらっている、また、スタッフも集中治療室だから私達は患者さえ看ていればいいのだという雰囲気があり、スタッフに遠慮し言葉にして言い出せなかったように思う。そのため、できていないことを独り言のように愚痴りながら行なっていたように思う。このような言動は、スタッフが育つチャンスを妨げることになり、問題解決に繋がらないのだと気づいた。問題を課題に変えスタッフを巻き込み、課題を割り振りして問題解決するためには、課題を自分で自分に課し、使命感を持って、人離れして感情移入せずに、問題の本質の原因の究明を行なわなければ解決することができないことが分かった。
 次に、実態調査ではデータの使い方と事実の持つ意味の深さを感じた。私は問題解決する時定性的データを使っていたのだと思う。データを使うということはよく耳にしていたが、どのように有効に使用していいか分からないまま使用していた。そのため、真の問題解決までに至らないで問題が再燃していたのではないかと思った。数量的データを使って実態を分析するためにも、どこに発生原因があるのかを原因究明するためにも、既成観念にとらわれることなく事実をありのままに直視し、事実の中に潜む問題発見の方向性をつかむ努力を行ない、人離れして実態の動きを観察しなければならないことがわかった。
これからは、問題に対して対策から入るのではなく、現状の実態を数量的に調べる所からはじめなければならないと思った。また、スタッフを巻き込んで割り振りして、データを取り協力して一つでも多く問題解決できるように努力していきたいと思った。

家田真由美さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第6番目の到着でした。
ありがとうございました。

家田さんのレポートは大変現実的になってきました。
そして自分の職場のありのままを語っています。
自分の今までの部署管理のマネジメントのやり方を、
善し悪しを乗り越えて直視するところからしか、
「自分の部署管理のマネジメントを変える」ことは出来ません。
そのためには、
まず第一に「問題」を「課題」の昇格させること。
「問題」を「問題」ととらえているうちはあなた自身が、
その「問題」に対して「ブーブー」不平不満を云ってたはず。
「問題」を「課題」に昇格させると、
「さぁ〜て…この問題をどのように料理しようかなあ〜」と、
マネジメントを楽しむことが出来るようになるのです。
そして「スタッフの誰をこの問題解決と共に育てようかなあ〜」
と云った具合にマネジメントのテンポがゆっくりと豊かになるのです。
管理者のあなたがスタッフに遠慮して云えなかった分、
スタッフが育っていなかったのだと反省すべきでしょう。
このような管理者の姿は結局はスタッフが育つチャンスを妨げていたことになり、
問題解決には繋がらないのだということでしょう。
「問題」を「課題」に変えスタッフを巻き込み、
課題を割り振って問題解決するためには、
課題を自分で自分に課し使命感を持って、
人離れして感情移入せずに問題の本質の原因の究明をおこなわなければ、
解決することは出来ないと悟った家田真由美さんがここに居る。
何事も「ガーゼ」のように「調べることから始めようではありませんか」
「ガーゼがスタッフを育てて呉れる」のですから。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

 「課題の設定」と「実態調査」の項を読んで

 セイレイ工業 田中 雅之  2008年3月31日

まず導入の所で業務を疑問視する事をしないとマンネリ化をして、業務整理・業務改善と言う日常業務改革が起こらない。
その原因は業務内容及び業務分担が現状分析されていないからだと書かれています。
 マンネリ化の言葉が頭に残りました。自職場でも職場を変えなければならないと頭にありながらも、大きく変ってないのは確かに分析ができていなかったと思い返されます。
 次に問題処理の話がありました。問題を抱え込んで一人で処理すると結局忙しくした割には解決しないと言っています。
私自身最初は問題を理解できないだろう、説明する事に時間がかかるので一部の者で問題及び業務を行なっていましたがやはり、最初教える時には時間を取られるし、問題解決も遠回りになったかもしれないが、皆に振って問題解決、業務を行なっていく事が数をこなせるし、スタッフの勉強にもなると判り、最近は皆に振ったりしています。

 続きまして今回のテーマをまとめますと課題の設定は、問題解決を取り組むにあたって一番目に大事で、皆に自分で行なうように使命感を持たしてかつ人離れしたものしろと言っています。
実態調査は現場に数量データで表そうとしたらいくらでも可能、事実を表す為に何方向からかデータどりして分析すると法則性が出て改善につながると言っています。
 自職場でもデータをとるくせを養い、事実をみる道具・材料として使っていきたいです。

 以上

田中雅之さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第7番目でした。
ありがとうございました。

田中さんが今月湯浦で書いた「グラフ」は見事でした。
ああいった「数量データ」が取れている職場は、
普段から鍛えられている証拠です。
でも田中雅之さんは、
全員に新しい仕事を説明すると時間が掛かるので、
一部の分かった人だけでやった方が早いと思って来たが、
でもそれでは業務量が増えない。
だから「今では問題解決には遠回りかもしれないけど、
職場の皆に仕事を割り振りしている」と。
これは大変な管理者としての変革です。
この変革したマネジメントがいつの日にか、
田中さんの溶接現場を活気あふれる生き生きとした職場に、
生きがえさせることになるでありましょう。
田中さんのあの「データあつめ」と「グラフ化」の力量が、
それを約束して呉れていると僕は思う。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

組織を生き生きさせる実際的方法

(株)サニーマート 宮川 正文

 我々の職場(業界)も、いつも「忙しい、忙しい」と口にしている様に思う。その忙しさの原因に関しては、ほとんどの人が把握している。しかし、その原因は本当は間違っているのかもしれない。その日に予定している仕事があるが、実際には、予定外の仕事が数多く発生するために忙しいのだ、というのがたいていの人が押さえている原因であると思う。仕事が忙しいので、本当に大事なことができない事もよくある。しかし、今自分が抱えている「忙しさの原因」とは何なのか?という事をハッキリと知る事こそ、真の現状把握で、忙しさの増幅の解決につながると思う。そうすれば、本当は何が最も重要であるかに気付く様に思う。自分が忙しい原因を知る上で、「ありのままの事実」をいかに把握できるかが重要で、それが分かっていないと忙しさはいつまでも解決しない。それを把握することで自分の段取りが良いのか悪いのかもわかり、またそれを修正して行ける。そのためには、曜日別や日別のデータも考慮し、人員配置なども考え直す必要もあることに気づくと思う。日々、「忙しい、忙しい」と感じている時こそ、冷静に自分自身を棚卸してみる事が大切なんだと思う。

宮川正文さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第8番目の到着でした。
ありがとうございました。

「忙しさの原因」は一体どこにあるのか?
宮川正文さんのレポートは「忙しさ」にかかり切っている。
ぜひとも「忙しさの原因」を突き止めてもらいたいものである。

今ぼくが読んでいる本に、
「すべての結果には確たる原因がある」
「偶然による結果はない」
「偶然の結果だと思えるのは原因を数値で捕まえていないからである」
「あるいは数値で捕まえた事実を原因だと思いたくないだけである」
「偶然の要素を排除すれば、
すべての結果にはハッキリとした原因が見えてこよう」
とある。
蓋し名言であろう。
これが為せるかどうかが凡人と非凡人の違いであろうか。
いや「ありのまま」「ありのまま」ということに違いない。
「人はありのままに」が苦手なのであるから。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

組織を生き生きとさせる実際的方法
「課題の設定」「実態調査」を読んで


平成20年3月31日
永見 優美

 『課題とは自分で自分に課すものであり、課題を設定する上で一番大切なことは「人ばなれ」することである。「人ばなれ」とは、「感情を移入して物事をみるな」ともいえよう。』 と述べてある。私はすぐに、物事を善し悪しで判断したり、「・・あるべき」と考えてしまう傾向があり、感情を移入しないで自分の考えを捨てて物事を見ることは本当に難しい。看護長研修で「人ばなれ」という言葉を知ってから、それを意識しているつもりでも個人発想法のラベルには自分の見解が入ってしまったために、新しい発見ができずに根本的問題を見出せなかった。なんとも消化不良な感じがしている。もし、私が創造性教室に参加していたなら、C君が1人でがんばったことにとらわれて、ご飯が真っ黒こげになった真の原因である「米と水と火の関係」には気づかなかったと思う。言葉では理解していても、まだまだ「ありのままの事実をみる」には至っていない。これは、私自身の大きなテーマであり、チームマネジメントを体得するためには必ず克服しなければならないと考えている。
 また、『「データ群」を全方向的に総合して初めて“事実の全貌”が現れてくる。“
“他人からの又聞き”ではデータの真実みが薄れてしまう。』と述べてある。看護長の時は、患者、看護師と直接関わることで、部署で起こった事実をリアルタイムに把握することが出来た。しかし、現在担当している部署の約240名あまりの看護師に対しては、声をかけて顔を覚えているつもりだが、患者との関わりは極端に少なくなり、看護師の看護実践の結果も直に確認する機会が減ってきた。看護長に部署の管理を任せて報告を受ける、つまり“他人からの又聞き”のデータになってしまっていた。そのために、看護師がどのような看護を提供しているのか、それに対して患者の反応はどうか、また各部署にどのような問題があるのかを事実から見つけることは出来ていない。その結果、遠目からみた問題だけを追いかけて根本的な問題解決ができないことにより、看護師の離職に繋がってしまったのではないかと思う。トップマネジメントの研修に参加した時のある講師が「管理者になっても、何らかの形で患者・家族の側にいることで何をするべきか見えてくる。「見える可」の条件として、伝達情報ではなく事実や一時的な情報が見えていること。」と同じ内容を述べられた。今までの私は、患者や家族、看護師の側にいるのは現場の看護師や看護長であって、管理者としての私が彼等の側にいる意味を考えていなかったために、その工夫もしてこなかった。どのような方法を取れば患者と関わりを持ち続けることが出来るのか、それが可能なのか不安はあるが、患者と関わり続けることは私自身が看護師としての存在価値を持ち続けるためにも貴重な時間になると思う。
さらにそこに看護師や看護長を巻き込むことができて、教育のチャンスを作りたいと考えている。

永見優美さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第9番目の到着でした。
ありがとうございました。

永見優美さんは「自分のマネジメント上の問題点」を、
「人離れせよ」「感情移入するな」というところにあり、
とらえている。
我々はふだん目の前の「困った出来事」を見るときに、
自然に「事の善悪」と「事の多少」という観点から見ており、
それにもう一つ付け加うるならば「感情的に」ものごとを見ているようだ。
この三箇条から離脱できればその後に残るものは「ありのまま」だけである。
昔から「泣く子と地頭には勝てない」と云われるように、
上記の三つの観点でものごとを見ているときには、
「真の事実」「真実」「本質」は見えてこないのである。
だからその視点からでは「答え」は本質からずれていて、
焦れば焦るほど「解決しない」のである。
「ご飯を真っ黒にしたのは誰だ!!!」の教訓から学ぶものは、
いわゆる「犯人捜し」からは「真の解決は起きない」のである。

もう一つ永見さんの鋭い視点は「他人からのまた聞き問題」であろう。
我々はよく、
「フィールドワークして現場へ行って関係者から話を聞いてきたから真実だ」
と思っている場合が多いが、
実はそのほとんどが「また聞き」の「事実データ(情報)」なのである。
直接関係者から聞き出せないような場合もあり得るから、
そのような場合は「下を取る」「裏を取る」必要が生じる。
「問題に対して不確実な証言的な事実」には、
「もう一つ反対側からの不確実的な証言」を積み重ねなければいけない。
「念には念を入れて」ということである。
ところが「組織上の上司という人種は自分の掴んだ事実に間違いはない」
あるいは、
「自分の思いこみ」に都合の良い「聞き込み事実」を集めたがる性癖がある。
こういう場合は「この事実集めは何のための情報収集なのか」を、
キチンと「言葉にして」おくことが大切である。
もう一つは、
普段から自分の直接的な現場情報のルートを確立しておかねばならない。
上司の私に対して勇気を持って反論してくるような特定のスタッフ、
あるいは特定の患者と話せるような直接的な話し合いのルートを持ち、
エゴひいきするのではなく「直接的な事実取り」のための関係を、
普段から確立させておくことである。
そういうルートから来る反対情報は自分の頭を冷やしてくれるのである。
いずれにしろ組織を活性化させスタッフを元気にさせるためであるから、
何としてでも自分の身体に浸み込ませるようにして、
「チーム・マネジメントの哲学とその方法」を体得すべきであろう。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

組織を生き生きさせる実際的方法

会社名 ミロクテクノウッド
作成者 大原 拓史
作成日 2008/4/2

 宿題の資料を読む中で、まさによく似た状態で日常業務に追われている。
「忙しさが忙しさを増幅させる」
まさに今現在の自部署の状態である。
部下を含め忙しい事実に追われ、身の回りの問題に気付けない為に 後で更に大きな問題となって降りかかる。最初の段階で気が付けば直ぐに処理出来る問題であっても、後処理になる為に莫大な時間と労力を必要とし、その割には成果の出ない悪循環の中での日常業務となっている。
とわいえ、今の現状を処理しなければならない。
その為にも、まずは忙しい業務の中身を人離れした見方で、ありのままに現状把握する事から始めたい。今一度必要なのか、必要でないのか、初歩的な段階から進めて見直しをしていきたいと思う。
ただ、逆に考えると、まさに今がチャンスだと思う。今、忙しく多くの問題に対して処理が不十分な状態を部下を含め共通の認識として持つことが出来ている。後は、資料にも出てくる様に問題を「課題」に昇格させ、順番をつけ、取り組むべき順序を決め問題解決に周りと取組んでいきたい。
その為にも、人離れした物事の見方を早く身に付ける事の必要性を日々感じる。そういった視点から問題を解決していく中で、一方向からの見方だけでなく多角的な見方も出来る様になってくると思う。

                                 以上

大原拓史さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第10番目の到着でした。
ありがとうございました。


仕事の問題解決方法には二種類あって、
その一つは「表面的な問題処理方法」であり、
いま一つは「根本的な問題解決方法」である。
我々の普段の仕事場ではその99%が、
「第一の表面的な問題処理方法」ばかりやっているのである。
だから「個人の頭」も「組織のシステム」も非創造的バージョンなのである。
日常の「仕事バージョン」が「創造的」になっていないので、
問題が起こったときに「表面的な問題処理をする事」に慣れており、
上層部に向かって「不良品対策書」を書くようなことになるのである。
日頃の仕事のもっていき方が「創造的バージョン」になっていれば、
不良が発生したときに「それ現場だ」「現物だ」となって、
不良の真の原因を発見することが俄然面白くなるのである。
「ご飯を真っ黒にしたのは誰だ」である。
手伝わなかった「A君とB君は無罪」という判定がなければ、
このキャンプの場合の子どもたちは、
誰一人そのリーダーには付いて来なかったであろう。
「不良を出したのは誰だ」ではなく、
「どうしてこんなに上手く不良が出せたのか?」と、
問題の視点バージョンが逆転しているのである。
それが大原さんの云うもう一つの「問題を課題に昇格させる」、
と云うことに他ならない。
そういう「創造的な仕事バージョン」のするために一刻も早く、
「人離れ」した物事の見方を身に付けたいと大原さんは叫んでいる。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

組織を生きいきさせる実戦的方法「課題の設定」の感想

                     サニーマート副店長  八木良文

課題の設定の「人離れせよ」は、
職場でもわかっているけどできないことが多い問題である。

問題発見ができないと真の問題が見えてこず、
真相をわからなくさせてしまうことが多々ある。
当然問題が発生するとその原因究明を行い、
問題解決を行おうとするのだがその原因究明が
人離れできていないとものの本質がとらえきれず、
真の解決にならないことが意外と多くある。
バックルームをきれいにかたずけなさいといっても、
片付けるための道具や入れ物がないとできない訳で、

よくあるのがなぜあなたはそれができないのか?
といった個人的な批判だけでできるためには、
どうすればいいのか?何が必要なのか?
といった具体的な対応がないと真の原因追及にならず、
結果問題は解決しない。
こうやって言っている自分でさえも、
意外なほど人離れできておらず、
このようなことを日常的に繰り返しているのが現状である。
「あの人がもう少し仕事のやる気があったら」、
「あの時あの人がこう判断していたら・・・」
などと少し考えただけでも一杯出てくる。
これが「あの人をやる気にさせるためには・・・」とか、
「あの時こうなった原因は……の商品が届いてなかったので」
というように考えることができるように日々訓練が必要と思う。
こうやって考えることを自分でも不十分なのに、
他の人に同じようにできることを求めることは大変困難が予想される。
ほとんどの人の場合このことに自覚がないため、
このことを教えて理解させることは容易ではない。
ただしこのことを理解させ行動させないと、
問題の真の解決につながらないばかりか、
無駄に時間を費やすだけになってしまうのである。

今後の課題として自分のことはもちろん、
他の人へも真の問題解決のためには、
人離れして物事を考えることができるようにすることが、

今後の課題である。

八木良文さんの「愛媛実践塾・第]T期」の、
「宿題Bレポート」は第11番目の到着でした。
ありがとうございました。


八木良文さんの今回のレポートは、
「人離れ」が最大のテーマである。
いわく「人離れ」はなかなか出来ない…とか、
いわく「人離れ」は難しい…と云って、
あまり「人離れ」にとらわれて過ぎていると、
かえって「人から離れ」られなくなってしまう。
「人離れ」は難しいが「物離れ」ならそんなに難しくはない。
現代の仕事の実態はそのほとんどが「人」と「物」がくっついている。
八木さんが云うように「客注の鮮魚が届いていなかったので」と来れば、
「物離れ」していないので「解決は容易」である。
「客注の鮮魚を夕方までに間に合うように届けさせれば良い」のである。
「昨日鮮魚の担当者に急ぎの客注の魚を届けてくれと頼んでおいたのに」
とシメっぽくくるから「その人恨めしさが…強すぎて」「人離れ」できない。
我々は兎に角「人の欠点を見ること」に関心が強すぎるようだ。
あえて「物で語れる問題」なのに「人をひっばりだして来たがる」のである。
「人の影に物が隠されている」のだから、
人間が悪いと思えてしまったらその人の影の「物」を見付ける練習をして、
「視点」を変えてみようではないか。
その場合まず「人の善し悪し」と云う「視点」から離れることである。
不良を作ってしまう人は「悪」であり、
売り残しをしてしまう人は「悪」であり、
挨拶をしない人は「悪」であると思い込み過ぎては居ないだろうか。
「ご飯を真っ黒にした人」は「悪」ではないのである。
「ご飯を真っ黒にした人」の陰に「どんな物が潜んで」いたのか。
「米」と「水」と「木」と「火」である。
「A君B君が悪い子で」「C君は良い子だ」とばかり思っているから、
その陰に隠れている「米」と「水」と「木」と「火」が見えてこない。
「A君B君は当番なのにどこへ行っていたのかな?」と平らな心で見、
「C君は何をやっていたのかな?」と平らかな心で見ていると、
「米」と「水」と「木」と「火」が見えてくるかも知れない。
「物が見え」てくればシメたものである。
「解決のヒント」となる「物」が目の前に転がっているのであるから。

さてさて次回の湯ノ浦では、
「ネットワーク法」という「手順の計画技法」を学びます。
お店の中で毎日毎日行われている「段取りが必要な仕事」の中で、
「皆の手順が統一」していない為に非能率であったり、
手順が乱れているために「失敗しているような問題」のあれこれを、
頭に描きながら湯ノ浦まで走って来て下さい。
「ネットワーク法」で「手中」を考える方法を学びたいと思いますので。
ご期待下さい。

ではでは。 (by 坂部正登)

 

『愛媛実践塾・第]T期生・第1回目の宿題レポート』

『愛媛実践塾・第]T期生・第2回目の宿題レポート』

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